走ってお風呂入って、アフターは立川に移動して。
立川駅北口すぐ、大衆居酒屋玉河にて。
生ビール、酎ハイ、大根の煮付け、レバカツ、シーザーサラダ。
2,380円。
さて。
ちゃんと乗り換えて帰らなくては。
河辺駅前から御岳駅前まで往復、23.5km、2時間11分。
午後遅くなったが、日中は御岳山にケーブルカーで登って、紅葉の写真を撮っていた。
日没頃に里に降りてきて、着替えてランへ。
夕方5時半の走り出し。
先日、3日にも走った青梅マラソンのコース。
歩道を走っていたのだが、市街地ながら信号に足を止められることが無いことに改めて気付く。
もちろん、夜のこの時間、そして青梅市街からも離れてしまえば、行き交う車の数が少ないためなのだが。
道路の向こうに多摩川のせせらぎの音すら聞こえていた中、ひた走る。
御岳山ではケーブルカーで登れたとはいえ、そこから先も頂上の神社まではそこそこの上り坂であった。
結構、歩いたつもりだったが、そう息も切れてなかったのは、さすがに山道に慣れた体のためか。
終わって河辺駅前の温泉梅の湯。
普段は860円。
9時からは、11時までしかいられないからか、値段が500円に下がるのだが、そのタイミングから一斉に混雑していた。
9時前に退散する。
お得ではないな。
が、それでも空の見える露天風呂で夜風にあたりながらゆるっとしてるのは悪くないのだよね。
ストンと突き放されて終わった感じ。
最後の一文が、解説読まなくては判らず。
解説込みで、読んだな、と言う感じ。
中途半端な小説である印象は否めないな。
さて、では“こころ”に取り掛かろうとは、もうちょっと覚悟がいるが。
あら筋は、かつて大学時代に親友の彼女、と言うより将来を約束した女性を奪った主人公。
その彼女と結婚して、もはや若くはないこともあるが、彩りに欠ける淡々とした生活。
淡々と、と言うより息を潜めるような生活を送っていた情景の描写が続いたところで、緩やかな環境の変化があった後、突然、かつての親友と出会う機会が生ずるが、その場に立ち会うことはなく。
考えながら禅寺の門を叩き、非日常の中で過ごしても、その考えに何ら変わることはなく。
また淡々とした生活に戻って終わる。
実際、日常にカタルシスはないのかもしれない。
ただそれでも、何ものかでありたいと、何かが欲しいと、欲を抱えその解消のために日々を送ってるのが自分だ。
しかし、この小説の主人公はそういう欲を諦めている。
それはかつて略奪して得た奥さんがいる、二人でいることで世界が完結している、閉じた輪の中で生きていける、と言うためなのだが。
不満さえもその閉じた輪の中から出ることが無いことに、息苦しさは感じた。
夏目漱石ってこんなだったっけ?
久しぶりではあったが。
さて次は、月と6ペンス。
これも20年ぶりかな。