読了、東南アジア多文明世界の発見。
読み始めてから、2年かかってしまった。
ようやく。
講談社学術文庫、興亡の世界史シリーズの一冊。
この興亡の世界史シリーズ、世界各地を取り扱っているのだけど、特にアジアの中国以外の土地にも目を向けててなかなか楽しい。
ヨーロッパの歴史とかは高校の世界史でも結構詳しく習って来た。
それは中世から産業革命を経て、大航海時代からアジアの植民地化、そして世界大戦へ至るのが一連の世界的な流れとして扱われていたから。
しかし、東南アジア地区は殆ど取り扱われることなく。
日本人が明治時代から脱亜入欧を掲げて西洋化進めて、第二次世界大戦敗戦後もアメリカの影響を受けて来たためなんだろうけど。
そんな教育を受けてきたのだけど。
何度かのタイ旅行で、個人的な興味は東南アジアへの向いていた。
タイの歴史は先に本を読んでいた。
そして自分でも旅行した、タイ中部から北部地域。
そこには10世紀くらいのお寺の遺跡が残っていた。
タイがまだクメール王朝の影響下にあった時代のお寺。
この本はタイトルとしては東南アジア多文明としているが、内容はほとんどカンボジアのアンコールワットを中心に、クメール王朝の成り立ちとアンコールワット他の都市の成立、当時の支配体制と人々の生活、そして王朝の終焉までをアンコールワット発見から発掘の様子を併せて書かれている。
内容的には面白いんだけど。
各センテンス毎に取り扱ってる内容がごちゃごちゃしていて。
途中から脱線することが多く、読みづらくて。
結局、途中放置していたこともあり、2年もかかってしまった。
ただ、面白いことは確か。
クメール王朝成立、802年から終焉する15世紀まで。
日本で言えば平安時代から鎌倉幕府を経て室町幕府に至るまで。
中国は唐から元、そして明の時代まで。
実際、中国人がアンコールワットを訪問した記録が歴史的な考察資料として引用されている。
ヨーロッパでは神聖ローマ帝国から十字軍の遠征があって、大航海時代に至る前の時代まで。
世界の歴史が混ざって行くのは1600年くらいからだから、まだまだ世界が地域ごとにバラバラだった時代か。
それでもアジア圏で遠く旅する人たちが交流はしていたのだろうけど。
カンボジアは今は発展途上国である。
電気の普及率もまだまだ100%では無かったか。
か、クメール王朝時代、900年頃にはタイ中部、マレー半島、ベトナム南部にまでその支配領域が及んでいた。
広大な支配地域では、広大な溜池を有する都市が水田に囲まれて存在し、国内を縦横に道路が張り巡らせていた。
その後、タイ北部でシャム族の国が出来て、やがて14世紀にはアユタヤ朝が発展して、1431年にアンコールワットが陥落して、クメール王朝は終わる。
当時、国同士の戦争では負けた国の住民が戦利品として自国へ連れて行かれた。
クメール王朝を構成していた庶民はタイへ移動してアユタヤ朝の支配下についた。
と言っても、カンボジアからタイ中部アユタヤまで、物凄い遠いのだけど。
それらの人々の子孫が、タイにそしてラオスに分かれて行ったのだろうか。
クメール王朝を滅ぼしたアユタヤ朝もビルマに攻め込まれ、一度16世紀半ばにシャム人の政権を失い、その後に復権するも、1767年にまたビルマにアユタヤの街を破壊されて、次の王朝へ移行することとなる。
カンボジアはアユタヤ朝とベトナムへの朝貢政権となり、大航海時代移行、フランスの植民地になった。
日本に比べると、多種多様な民族が行き来した土地。
いや、日本も9世紀頃には日本全土が統一されていたわけでは無いのか。
それでも狭い土地のため、文化的な偏差は少なく、多民族の侵入は海が隔ててくれていた。
そんなことを考えつつ。
さて、次も歴史本。
今度はインド。